私の好きな文庫本06

●今回は2008年に世田谷区若林に完成したAさんの住宅から…。

Aさんの敷地は世田谷区若林にありました。いままでお住まいになっていた住宅を解体して、息子さんご家族との2世帯住宅を新築する計画でした。世田谷線の「松陰神社前」という駅が最寄りの駅でした。

そしてこの駅から思い当たる歴史上の人物と言えば、当然この人しかいませんね。そう、長州の幕末の思想家で教育者だった吉田松陰です。松陰を祀っている神社が世田谷区若林の松陰神社なのです。伝馬町の牢で刑死した松陰を毛利家の別邸があったこの地に松陰の弟子の高杉晋作と仲間たちが改葬しています。

吉田松陰についてはたくさんの作家が小説にしていますので作品もいっぱいあります。中でも一番すきなのは司馬遼太郎の作品「世に棲む日日」です。松陰とその弟子の高杉晋作の二人をテーマにして小説にしています。

松陰は渡航禁制の江戸の鎖国制度の中で「開国をして国を守る」という超・過激な思想に至ります。そのためには外国を見て知る必要があると思い定め、国禁を犯してペリーの黒船に乗せてもらおうとして小舟でこぎ寄せ密航を企てます。その企てが失敗をして獄につながれ、安政の大獄で30才で刑死をします。

師の松陰から薫陶をうけた高杉晋作は、長州で奇兵隊という日本で初めての民兵の軍隊をつくりクーデターに成功します。坂本龍馬の斡旋で薩摩と同盟を結び、龍馬とともに長州戦争で幕府軍を破り、明治という新しい日本をつくる原動力となります。松陰同様に晋作も明治の世を見ることなく、
「おもしろき　こともなき世を　おもしろく、すみなすものは　心なりけり」という辞世の句を残して27才で病のため亡くなります。

松陰は思想家・教育者として時代に先駆けました。その思想を幕末の煮えたぎっている政治の世界で実現させたのが弟子の高杉晋作ということになります。松陰は30才、晋作は27才の太く短い生涯でしたが、そのどちらがいなくても今の日本はないと思います。歴史が大きく旋回するときには、不思議とそんな若い英雄たちが現れるようです。

さて、新しい年、2013年になり2週間が過ぎました。年末の衆議院選挙から年始にかけて政局の動きも慌ただしくなっています。日本は3.11の事故を踏まえて、原発の再稼働・存続をめぐって時代のうねりの中にあります。今年は日本の歴史が大きく動く岐路の年になるといえるかも知れません。松陰や晋作だったら日本や地球の未来を考えてどのような舵取りをしてくれるか、歴史人物好きの私としてはついつい想像してしまいます。

　　　　＊＊＊そんな訳で今回のおすすめ文庫本は…＊＊＊
　　　　　　「世に棲む日日」（全4冊）司馬遼太郎（文春文庫）